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W'UP ★6月16日~9月13日 杉本博司 絶滅写真  東京国立近代美術館(MOMAT)(千代田区北の丸公園)

W'UP ★6月16日~9月13日 杉本博司 絶滅写真  東京国立近代美術館(MOMAT)(千代田区北の丸公園)
杉本博司 《アビシニアコロブス》 2025年 ゼラチン・シルバー・プリント 119.4×185.4cm
© Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi


杉本博司 絶滅写真

会 期 2026年6月16日(火)~9月13日(日)
会 場 東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー(東京都千代田区北の丸公園3-1)
開館時間 10:00~17:00(金曜・土曜は10:00~20:00)※入館は閉館の30分前まで
休館日 月曜日(ただし7月20日は開館)、7月21日
入館料 一般 2,300円(2,100円)、大学生 1,200円(1,000円)、高校生 700円(500円)※( )内は20名以上の団体料金ならびに前売券料金。前売券販売期間は4月21日(火)10:00~6月15日(月)23:59まで。中学生以下、障害者手帳をご提示の方とその付添者(1名)は無料。本展の観覧料で入館当日に限り、所蔵作品展「MOMATコレクション」(4-2F)もご覧いただけます。
ホームページ https://art.nikkei.com/sugimoto/
お問い合わせ 050-5541-8600(ハローダイヤル)

 様々な領域で活動する現代美術作家、杉本博司(1948年-)。本展では杉本の初期(1970年代後半)から現在に至る銀塩写真約60点を展観します。写真作品で構成する美術館での個展は、国内では2005年の森美術館以来の開催となります。さらに、所蔵品ギャラリー3階にて当館所蔵杉本作品全点、また制作の秘密を明かす未公開資料「スギモトノート」をサテライト展示します。

「杉本博司 絶滅写真」に寄せて
 今、写真から何が絶滅したのか。それは写真の証拠能力に他ならない。写真は21世紀に入り急速にデジタル化した。デジタル画像は如何様にも変換可能である。西部開拓時代、アメリカ先住民は思った。「白人嘘つく、インディアン嘘つかない」。
 今、私は同じ様に思う。「デジタル嘘つく、写真嘘つかない」。そもそも幕末に写真が紹介された時、「PHOTOGRAPHY」の訳語を「写真」としたのはかなり異訳だったと思う。
 むしろ「光子画」の方が馴染むのだが、やはり写真の持つ迫真性に人々は度肝を抜かれたのだろう。私なら「抜霊画」と訳していただろう。天皇の肖像画は古来より「御真影」とされてきた。写真は「御真影」を撮る装置として感得されただろう。しかも高貴な人々だけでなく、庶民の真の姿をも映す。
 私は銀塩写真全盛の頃に生を受け、その終焉の頃に人生の幕を下ろうとしている。思い返せば若年の頃、ニューヨークに渡り、芸術界の二流市民として扱われていた写真を、その名誉を回復し、一流市民にまで格上げさせてみたいという野心を持ったことから、私の写真家人生は始まった。私は写真の持つ信憑性について考えた。写真に写されたものは存在した、それは証明写真とも言われる様に、真実の存在証明だった。犯人は警察で証拠写真を突きつけられ、観念し自白した。私はその特性を逆手に取って、写真には写らないものもある、ということを写真に撮って証明してみようと考えたのだ。白熊の写真に人々は命を見た、しかしそこには命はなかったのだ。映画館の白いスクリーン。あなたの見たと思えた映画は、全て白光に還元してしまうのだ。私は現代美術という世界に、メディアとしての写真をアロモートできたのではないかと自負している。あれから苦節35年、芸術界の一流市民になれた証として、私は2009年、高松宮殿下記念世界文化賞を受賞した。しかし皮肉なことに私の受賞したのは絵画部門だった。芸術界の老舗、絵画と同じレベルの芸術として私の写真は認定されたのだ。
 私は嬉しくも悲しかった。絵は絵空事を描くメディアだ。写真は真実を描くメディアなのだ。見損なってもらっては困る、と言いたかったのだ。今、写真は絵の代替えメディアに堕してしまったようだ。
 私は今、倉庫の奥に眠っていた10年落ちの印画紙を引っ張り出してきて、暗室作業に勤しんでいる。黄ばんで極端に感度の落ちた印画紙もなかなか味があるのだ。私は銀塩写真の寿命と私の寿命とが響き合っていることに幸せを感じている。
 杉本博司
(註釈:今日では民族をステレオタイプ化する表現という見方もありますが、アメリカ先住民が受けてきた迫害の歴史を記憶する側面を重んじ、伝統的な表現のまま掲載しました。)

「絶滅」をめぐって
 本展のタイトルでもある「絶滅写真」とは、作家のステートメントにもあるように、銀塩写真というメディアの終焉と自らの作家活動の終幕を見すえて浮上した主題です。しかし本展で示される“絶滅”をめぐるヴィジョンとは、それにとどまるものではありません。それではいったい何が“絶滅”しようとしているのか? 半世紀にわたって写真というメディアによる表現の可能性を拡張・深化させてきた杉本の作品世界の全体像を見わたす本展において、通奏低音として示される“絶滅”という主題にご注目ください。

銀塩写真について
 「銀塩写真」とは、銀塩(銀の化合物、ハロゲン化銀ともいう)が光に反応する性質を利用して画像を形成する方式の写真技法のこと。最初の実用的な写真術として1839年に公表されたダゲレオタイプ(銀板写真)以降、大半の写真技法は、何らかのかたちで銀塩の光化学反応を利用してきました。デジタル写真に対して、従来の写真技法をアナログ写真と呼ぶこともありますが、その大半は銀塩写真だったのです。
 杉本作品に用いられている「ゼラチン・シルバー・プリント」と呼ばれる印画紙は、紙の上に塗布された、銀塩を含むゼラチン乳剤層に画像が形成される印画方式であり、もっとも普及したモノクロ写真の方式として、銀塩写真を代表する技法です。モノクロ写真の撮影に用いるフィルムも、銀塩の反応によって画像を形成します。撮影されたフィルムを現像して得られるのは明暗が反転したネガ像で、それを再度印画紙に焼きつけることで、ただしい明暗の画像が得られます。フィルム現像から印画紙へのプリントにいたる作業は、すべて暗室で行われます。撮影から暗室作業まで、すべてのプロセスが技術的に完璧に行われることで、杉本作品は成立しているのです。
 今日、こうした銀塩写真の技法は、写真におけるデジタル技術の進展によって終焉を迎えようとしています。受光素子が感知した光の強弱を電気信号に変換し、その信号の集積を演算することで画像を形成するデジタル写真と、銀塩の分子レベルの微細な物質的反応を、細心の暗室作業でコントロールすることで画像を獲得する銀塩写真、そこには根本的な違いがあるのではないか? 200年近い歴史を持つ銀塩写真が滅び、デジタルへと移行するとき、そこでは何が変容し、何が失われようとしているのか? 銀塩写真の絶滅を見すえつつ、本展で杉本が提示する問いは、人類史的なスケールへと展開します。

初公開の新作
 本展では初期代表作として知られる〈ジオラマ〉〈海景〉のシリーズ、そして〈スタイアライズド・スカルプチャー〉〈Opticks〉において、初公開となる新作の展示を予定しています。とくに杉本のデビュー作として知られる〈ジオラマ〉では、《ポコット族》などいくつかの新作を加えた構成により、1975年、シリーズの始まりからひそかに構想され、半世紀を超えてついに実現に至った、人類史をめぐる深淵なストーリーが初めて提示されます。

展覧会の構成
 初期から近作まで全13のシリーズを3章構成で展示します。本展は、3つの章、全13シリーズにより、ゆるやかに時系列に沿いつつ杉本博司の作品世界の展開をたどります。
第1章「写実の彼方」
 1970年代から80年代に着手され、杉本の評価を確立することになった〈ジオラマ〉〈劇場〉〈海景〉の3つのシリーズなどにより、作品世界の始まりを紹介します。
〈ジオラマ〉
 野生動物の生態をリアルに再現したアメリカ自然史博物館のジオラマ展示を、杉本は大判カメラで精緻に撮影した。すると、動くものの姿を止めてみせる写真というメディアは、ここでは動かない剥製の姿を、あたかも命ある動物の一瞬の様子のように見せる装置として機能した。杉本は言う、「どんな虚像でも、一度写真に撮ってしまえば、実像になるのだ」。現代美術作家、杉本博司のデビュー作となったシリーズ。今回の展覧会では新作を含む、人類の歴史をめぐる作品群が、初めてまとまったかたちで展示されます。
〈劇場〉
 自問自答を思考の習慣とする杉本は、次のように自問した。「映画一本を写真で撮ったとせよ」。それに対する自答は、「光輝くスクリーンが与えられるであろう」。一本の映画を始まりから終わりまで長時間露光で撮影することで、映画の物語は、真っ白に輝く四角い光へと還元される。撮影地に選ばれたのは、映画の黄金時代に建てられた劇場だ。スクリーンの光に照らされて、かつての繁栄を伝える劇場内の豪華な装飾が浮かびあがる。しかし杉本が〈劇場〉に着手した頃、すでに往年の映画館は斜陽の時代を迎えていた。“絶滅”へのまなざしは、すでにこの連作にも現れていた。
〈海景〉
 水平線をはさんで、下半分は海面、上半分は空、それ以外の要素は画面から一切排除されている。この眺めは、数十億年前、地球上に水と大気が発生して以来、変わらずあり続けている。「原始人の見ていた風景を、現代人も同じように見ることは可能か」、自ら立てた問いへの回答として着想した〈海景〉で、杉本は太古の昔へと時間をさかのぼる装置として写真を用いてみせた。1980年の第一作《カリブ海、ジャマイカ》以降、今日に至るまで、杉本は世界各地の海で、完全に同じ構図で水平線を撮影し続けている。

第2章「観念の形」
 人間の知性や想像力がつくりだしたさまざまな「かたち」を主題とした〈建築〉〈観念の形〉〈スタイアライズド・スカルプチャー〉の90年代末から展開されたシリーズにより、作品世界が拡張・深化していくプロセスを紹介します。
〈建築〉
 「私は大型カメラを使い、焦点をポカすことによって、建築が建つ前の、建築家の脳内ビジョンが再現できるのではと考えた」。杉本は20世紀のモダニズム建築をめぐるこのシリーズの撮影において、カメラの焦点距離を「無限の倍」に設定するという方法を採用した。装飾をそぎ落とし、機能や造形的な原理を追究したモダニズム建築は、建築家の想像力が生み出したものであり、資本主義とテクノロジーの発展に支えられた新時代の精神の産物でもある。焦点をポカすことで、そうしたものが形となって出現する様相が浮かび上がる。
〈スタイアライズド・スカルプチャー〉
 「人類の衣服の歴史は人類の歴史そのものと同じほど古い」。身体を保護するためにまとった動物の毛皮に始まる人類の衣服の歴史は、素材やかたちを多様化させ、やがて「装う」こと自体を目的として、その意味や機能を変貌させてきた。ファッションを「人体とそれを包む人工皮膚を近代彫刻としてみる」という視点からとらえたこのシリーズは、身体というもっとも身近な自然と、頭の中から創り出された衣服という人工物が一体化した、ハイブリッドな存在としての人間像を写し出す。

第3章「光の彼方、写真の始原へ」
 終焉を迎えつつある銀塩写真というメディアの始原にさかのぼる〈前写真、時間記録装置〉〈フォトジェニック・ドローイング〉から〈肖像〉、近作〈Opticks〉まで、6つのシリーズにより、杉本が予見する“絶滅”をめぐるヴィジョンの行方を探ります。
〈フォトジェニック・ドローイング〉
 初の実用的な写真術ダゲレオタイプの技術が1839年に公表されるよりも早く、イギリスの学者タルポットはイメージの定着に成功していた。ただしフォトジェニック・ドローイングと名付けられたその原初の写真はネガ像=陰画だった。陰画を再び反転させ明暗の正しい陽画を得るネガ・ポジ法の写真術の完成は1841年。杉本は写真術の黎明に生まれた陰画から、タルポット自身も目にしなかった陽画をつくることを試みた。「銀塩写真の終焉そのものを看取るべく、自ら買って出た葬儀委員長として、写真術の始祖タルポットの陰画を焼くべく、焼き場(暗室)で薬物の匂いを香の薫りと思いなして作業に励んでいる」。
〈肖像〉
 「剥製の白熊が生きているように撮れるのなら、蝋人形も生きているように撮れるだろう」。ロンドンのマダム・タッソー蝋人形館などで撮影された〈肖像〉は、〈ジオラマ〉の系譜に連なる作品だ。そして同時に、写真の始原へとさかのぼる作品でもある。写真がレンズの前にその時存在するものから、そのイメージを写しとるのと同様、蝋人形もまた生身の人間から、その時の容貌を石膏型としてうつしとる技法であるからだ。蝋人形館の設立は1835年、写真術の黎明期に重なる。蝋人形の肖像との対面は、写真の始原にあった、時を止めることへの欲望との対面でもある。
〈Opticks〉
 17世紀にニュートンが試みたプリズムによる分光実験を再現し、光の色彩を観測した〈Opticks〉は、撮影にポラロイドフィルムを用い、デジタルプロセスを介して画面のノイズを除去したうえで大判のカラー印画紙にプリントするという、杉本作品のなかでは異例の手法による作品だ。冬の朝、東京の自宅の窓から差しこむ陽光をプリズムで分光し、白い漆喰の壁に浮かび上がる色の海に対峙することから生まれたこのシリーズについて、杉本は「光を絵の具として使った新しい絵(ペインティング)を描くことができたように思える」と記している。

サテライト展示
 本展のサテライト展示として、所蔵品ギャラリー3階では、「劇場・海景・スギモトノート」と題して、東京国立近代美術館所蔵の〈劇場〉〈海景〉から全13点と杉本博司のノートを紹介します。今回初めて公開される「スギモトノート」は、作品についてのアイディアや、撮影や暗室作業に関するさまざまな情報などを記したもので、杉本博司がニューヨークに移り、現代美術作家として出発した1970年代半ばから始まっています。この度「スギモトノート」の実物を展示するほか、お客様ご自身でページをめくりながらご覧いただけるレプリカも用意する予定です。

関連イベント
「絶滅について」
日時 2026年6月20日(土)14:00~15:30
登壇者 杉本博司、浅田彰(京都芸術大学教授・批評家)、増田玲(当館主任研究員)
会場 東京国立近代美術館 地下1階講堂
※詳細は展覧会公式サイトをご確認ください。

杉本博司(すぎもと・ひろし)
1948年生まれ。
1970年渡米後、1974年よりニューヨークと日本を行き来しながら制作を続ける。
初期代表作に〈ジオラマ〉〈海景〉〈劇場〉シリーズがある。
2008年に建築設計事務所「新素材研究所」、2009年に公益財団法人小田原文化財団を設立。
2017年には構想から10年をかけて建設された文化施設「小田原文化財団 江之浦測候所」を開設。
古美術蒐集、舞台芸術など活動分野は多岐にわたり、演出と空間を手掛けた『At the Hawk’s Well / 鷹の井戸』が2019年秋にバリ・オペラ座にて上演。
著書に『苔のむすまで』『現な像』『アートの起源』『江之浦奇譚』『影老日記』などがある。
2001年ハッセルブラッド国際写真賞受賞。
2009年高松宮殿下記念世界文化賞(絵画部門)受賞。
2010年秋の紫綬褒章受章。
2013年フランス芸術文化勲章オフィシエ受勲。
2017年文化功労者に選出。
2023年日本芸術院会員に就任。

主 催 東京国立近代美術館、日本経済新聞社
特別協賛 DIOR
協 賛 セイコーグループ、サンエムカラー
特別協力 公益財団法人小田原文化財団、ギャラリー小柳


無料ご招待券プレゼントは定員に達したため、締め切りました。たくさんのご応募どうもありがとうございました。
当選者:間所様(川口市)伊佐治様(稲城市)水谷様(さいたま市)佐伯様(千葉市)前薮様(日野市)

W'UP★9月29日~1月11日 所蔵作品展「MOMAT コレクション」 東京国立近代美術館 (MOMAT)(千代田区北の丸公園)

W'UP★7月24日~9月13日 MOMATサマーフェス 東京国立近代美術館(千代田区北の丸公園)

■美術館の一般情報

住所東京都千代田区北の丸公園3-1
TEL050-5541-8600(ハローダイヤル 9:00~20:00)
WEBhttps://www.momat.go.jp/
開館時間*110:00 ~17:00(金曜日・土曜日10:00 ~20:00)※入館は閉館30分前まで
休み*2月(祝休日は開館、翌平日休館)、展示替期間
ジャンル*3近代美術、現代美術、日本画、彫刻,洋画、写真、映像
入場料*4企画展はイベントにより異なります
MOMATコレクション 一般 500円、大学生250円 *夜間割引(金曜日と土曜日の17:00から)一般 300円、大学生150円
アクセス*5東京メトロ東西線竹橋駅1b出口より徒歩3分
収蔵品https://www.momat.go.jp/about-collection/
*1 展覧会・イベント最終日は早く終了する場合あり *2 このほかに年末年始・臨時休業あり *3 空欄はオールジャンル *4 イベントにより異なることがあります。高齢者、幼年者、団体割引は要確認 *5 表示時間はあくまでも目安です

東京国立近代美術館 (MOMAT)(千代田区北の丸公園)

※本記事は各施設配布のプレスリリースおよび提供情報をもとに作成しています。

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