【Physical Expression Criticism】ドラマニア~テレビドラマの魅力・2~

【Physical Expression Criticism】ドラマニア~テレビドラマの魅力・2~

『傷だらけの天使』

傷だらけの天使

 脚本家に注目して見るようになったのは、たぶん大学時代、1970年代後半からだ。だが、俳優で見ることも時折ある。それは、一つには、グループサウンズ世代だったためだ。

 ショーケンこと萩原健一の『傷だらけの天使』(197475年)には、多くの映画監督が演出・監督していることでも注目した。脚本は市川森一、柴栄三郎など当時の新進気鋭、そして監督は、深作欣二、恩地日出夫、工藤栄一、さらに神代辰巳などの日活ロマンポルノの監督までが手がけていた。このときに、ドラマでも映画監督が本格的な映像をつくることがあると知った。『相棒』(2000年~)の水谷豊は、当時はチンピラ的、ショーケンの「相棒」で、このドラマでデビューしたといっていい。

『傷だらけの天使』の流れは、松田優作の『探偵物語』(197980年)に引き継がれた。こちらも脚本には丸山昇一、内田栄一、桂千穂、田中陽造、大和屋竺で、監督は何といっても松田と映画『最も危険な遊戯』(1978年、79年)を撮った村川透、そして長谷部安春、加藤彰、崔洋一など。ただ、『探偵物語』は、石原プロの『大都会』(19761979年)のスタッフも絡む。つまり、『太陽にほえろ』(19721986年)の系譜でもある。周知のように、萩原健一、松田優作がドラマで注目されたのもこれだ。

なお、『大都会』には倉本聰が脚本で参加している。『傷だらけの天使』から『探偵物語』という映画的流れで、マイナーだが注目したのは、勝新太郎の『警視K』(1980年)だ。勝がほとんどの脚本・監督をつとめたが、黒木和雄や『座頭市』の森一生も監督として参加し、脚本、撮影なども含めて、映画的に見せるカッコいいドラマだった。

『悪魔のようなあいつ』

アンチヒーロー

 グループサウンズ出身で、ジュリーこと沢田研二の出演するドラマも、尖っていた。上村一夫のマンガが原作の『同棲時代』(1973年)は山田太一の脚本で、梶芽衣子と萩原健一も共演している。そして、「時の過ぎゆくままに」をヒットさせた『悪魔のようなあいつ』(1975年)は三億円事件の犯人役。脚本は後に沢田主演の映画『太陽を盗んだ男』(1979年)を撮る監督の長谷川和彦、久世光彦の演出で藤竜也も出演している。沢田はドラマでは三億円、映画では原爆を盗む。

 さらに、向田邦子の『源氏物語』(1980年)も久世光彦の演出で、当時から向田と久世のコンビは有名である。萩原健一の妻であるいしだあゆみも出演している。萩原健一といえば、倉本聰の『前略おふくろ様』(1975~ 77年)も忘れてはいけない。桃井かおり、そして、東映ヤクザ映画ですぐ殺される川谷拓三も、このドラマで注目が集まった。

 桃井かおりは、映画『あらかじめ失われた恋人たちよ』(1971年、田原総一朗・清水邦夫監督)で鮮烈なデビューをして、『赤い鳥逃げた?』(1973年、藤田敏八監督)では原田芳雄、『青春の蹉跌』(1974年、長谷川和彦脚本、神代辰巳監督)では萩原健一と共演し、映画界で注目されていたが、このドラマでは、「わらし(私)」という甘い言葉遣いで、テレビでも人気を獲得した。

 前回も記したように、原田芳雄、藤竜也、大原麗子は、当初、お茶の間のドラマで注目されたが、原田芳雄と藤竜也は、日活ロマンポルノの監督作品でも活躍する、アンチヒーロー的ヒーロー、男性ファンの多い俳優だった。原田を慕った松田優作もその系譜にある。萩原健一、松田優作、原田芳雄のつながりの一つはロックである。また、

 大原麗子の魅力は、そのハスキーヴォイスと、そして眼である。濡れたような上目遣いの眼が、男をひきつける。この眼は、イタリアの画家、グイド・レーニの系譜ともいえると、最近、雑誌にそんな小論『眼球考』を書いてみた。なお、この眼の特徴は、ちあきなおみ、いしだあゆみ、山口百恵に共通するようにも思える。

TH No.85「目と眼差しのオブセッション』

劇場から

 大学時代は、唐十郎の「状況劇場」にはまっていたので、唐十郎と俳優の根津甚八、小林薫、四谷シモンの出るドラマは、ほぼ必ず見た。不破万作はいまもドラマのバイプレイヤーとして活躍しており、十貫寺梅軒もたまに姿を見せる。根津甚八の『冬の運動会』(1977年)や小林薫も出演した『蛇蝎のごとく』(1981年)など、向田邦子作品も多かったのだ。小林薫と四谷シモンは、向田死後も、久世光彦が演出した向田の新春シリーズに多く出演した。

 なお、倉本聰の『北の国から2002 遺言』では、唐十郎と「唐組」のメンバーが揃って出演した。そして現在もドラマで活躍している佐野史郎、六平直政、渡辺いっけいも状況劇場出身である。また、かつて状況劇場の役者であり、舞踏家の麿赤児、舞踏とかかわりの深い舞踊家、田中泯は、映画やドラマで独特の位置を占めているが、この二人が出演しているドラマも、できるだけ見ている。

『刑事コロンボ』

刑事コロンボ

 1960年代末、高校時代以降の海外ドラマでは、やはりまず『刑事コロンボ』(196878年)をあげるべきだろう。続編の『新刑事コロンボ』(19892003年)も大半は見た。これは日本のドラマに大きな影響を与えて、三谷幸喜「古畑任三郎」シリーズ(1994年、96年、2006年、他にスペシャル)や『相棒』(2000年~)などに見てとれる。「最後に一つだけ質問」というスタイルだ。

 また、ダサイ、汚い刑事という設定も、『太陽にほえろ』の山さん(露口茂)をはじめ、多くの日本の刑事ドラマに影響している。いまだに「〇〇のコロンボ」などというタイトルの二時間ドラマが続いているのだから、直接の影響が半世紀を超えていることになる。

 『刑事コロンボ』の監督には、ジョナサン・デミ、スティーブン・スピルバーグも参加しており、俳優も、ジョン・カサヴェテス、レイ・ミランド、ロバート・ヴォーン、フェイ・ダナウェイ、ロッド・スタイガー、さらに歌手のジョニー・キャッシュ、リトル・リチャードも出演している。

 このロバート・ヴォーンで思い出したのが、『0011ナポレオン・ソロ』(196568年、196970年、71年)である。「0011」と名乗っているように、「007」からの発想だろうが、ホームズとワトソンのように、「相棒」のデヴィッド・マッカラムとのコンビが魅力的だった。ここから、多くのコンビ刑事ものが生まれたのではないか。

『鬼警部アイアンサイド』

米国のテレビドラマ

 検索してみると、他にも米国のテレビドラマを意外と見ていたことに気がついたので列挙してみよう。

 『ローン・レンジャー』(195859年、5963年)、レイモンド・バーの『弁護士ペリー・メイスン』(195961年、62年)、『ベン・ケーシー』(196264年)にはシドニー・ポラック監督の名前が見える。

 また、ルシル・ボールの『アイ・ラブ・ルーシー』(196162年)と『ルーシー・ショー』(196366年)、『宇宙家族ロビンソン』(196668年)、『それ行けスマート』(1966年、6869年)、『バットマン』 (196667年)、『ラット・パトロール』(196667年)、『スパイ大作戦』(196773年)、『インベーダー』 (196771年)。

 さらに、レイモンド・バーの『鬼警部アイアンサイド』(196975年)、『人気家族パートリッジ』(1972年)、デニス・ウィーバーの『警部マクロード』(197577年)、テリー・サバラスの『刑事コジャック』(197579年)、『野生のエルザ』(1975年)。

 ペリー・メイスンもアイサンサイドも、そういえば、レイモンド・バーだったと思って検索したら、1917年生まれで2003年に亡くなっており、結婚歴もあるがゲイだったと書いてあって、「鬼警部」の印象とのギャップにちょっと驚いた。

 アイアンサイドは車いすに乗っているが、そのキャラクターは、ジェフリー・ディーヴァーのミステリー、リンカーン・ライムシリーズに影響を与えているだろう。なお、このクインシー・ジョーンズによるテーマ曲は、現在も他の番組でもよく使われている。日本語版のシングルは安田南が歌っているが、B面の「愛情砂漠」は原田芳雄の持ち歌でもあった。

 この頃は、ヴィデオもなく放映を見るだけだったので、全プログラムを見たものは多くはない。家族ドラマよりもミステリー系が多いのは、ミステリー好きだった母親の影響もある。昭和4050年代、テレビは一家に1台で親がチャンネル権を握っていたからだ。もちろん読書でも、小学校で怪人二十面相などにはまり、そこからエラリー・クイーン、アガサ・クリスティなどに進み、ミステリーファンとなる人も多かった。私もその流れで多くのミステリーを読んできたが、大学時代はスティーヴン・キングにはまって、その映画やドラマも見つけると見ていた。

 そのため、後にデヴィッド・リンチの『ツイン・ピークス』(1991年)、『ツイン・ピークス The Return』(2017年)といったドラマも見ることになる。このあたりは、ミステリーとホラーという、別のコラムができそうだ。

 ここまで、80年代ころまでのドラマ遍歴を記してきた。これ以降、最近までのドラマと、テレビドラマについての考察は、「ドラマニア~テレビドラマの魅力・3~」に続く。

【Physical Expression Criticism】ドラマニア~テレビドラマの魅力・1~

Nobuo Shiga
批評家・ライター
編集者、関東学院大学非常勤講師も務める。舞踊批評家協会、舞踊学会会員。舞踊の講評・審査、舞踊やアートのトーク、公演企画など多数。著書『舞踏家は語る』(青弓社)共著『美学校1969~2019 』『吉本隆明論集』、『図書新聞』『週刊読書人』『ダンスワーク』『ExtrART』などを執筆多数。『コルプス』主宰。https://butohart.jimdofree.com/

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