【Art News Liminality】まちとアートの浸透圧―「すみだ向島 EXPO 2020」を歩く その6/6

【Art News Liminality】まちとアートの浸透圧―「すみだ向島 EXPO 2020」を歩く その6/6

 2020年の秋、すみだ向島に現われたアート/まちづくりのニューノーマルとは? 全6回にわたる批評ドキュメント。その6 最終回

路地からみた夜の京島南公園/《KAB Art Book Camp》付近

 コロナ禍を前に、ジョルジョ・アガンベンは行政による例外的な隔離措置に危機感を表明し(*22)、零落しゆく人間関係を憂慮し(*23)、隣人の末梢と集会の中止と同時に進行するデジタル・メッセージの横溢と人々の間におけるあらゆる接触への機会の介入という実験を心配する(*24)ジャン=リュック・ナンシーは、文明が直面する例外的な危機としてパンデミックを認識するように呼びかけている(*25)。ロベルト・エスポジトは、政治の医学化によって推進されたミシェル・フーコーの生政治に言及しながら、公権力の解体による均整感覚を失いつつある行政の特権的な権力行使に懸念を示している(*26)。

 スラヴォイ・ジジェクは、コロナウイルスの蔓延によってコミュニズムに吹き込まれる新たな息吹として多国間の完全な協調によって実現される連携と協働を提案しながらも、ウイルスと精神、ミーム(文化的遺伝子)の類推を介して「あなたが私にしたことを、いま私はあなたにしている」というメッセージをアイロニカルに突きつけてくる(*27)。隔離と統制が進行しているのは人々が隔離と統制を望んでいるからだと示唆するジジェクの推論は、ウィズコロナとしてのコロナ後の隔離と統制を超える連帯と自由のあり方を考える出発点となるだろう。

 あるいは、水嶋一憲がジャン=リュック・ナンシーとともに、コロナウイルスが「私たちを共産主義化(コミュニゼ)」するコミュノ(共同体/共産主義)ウイルスとなり、各人の隔離を介して経験される共同性、あるいはコモンズのケアを再構築する可能性を見出す(*28)ように、デジタル化のなかで加速する隔離と統制へと傾きつつあるニューノーマルのあり方を連帯と自由のスケールから見直すことが人々には求められているのかもしれない。

 政府から要請されるイベント自粛をめぐり、玉手慎太郎は問題提起する公衆衛生への政治権力の介入の程度と正当化のハードル、自粛要請と個人の自由に対する尊重の度合い、そして未来のよりよい帰結に向けた「前向きな責任」と過去に生じた責任を個人が引き受ける「後ろ向き責任」といった検討課題を提起している(*29)。統制社会が要請する自粛における、あるいはそれに対する行為遂行をめぐる善悪の判断は、アーティスト/クリエーター、住民、そして観客としての「隣人」の間でせめぎ合い、闘技的な空間が現われ、熟議が求められる倫理的な局面を向かえることになるだろう。そのときこそ、人々がまちとアートの公共性についてのイメージをそれぞれに分有(シェア)し、多様化し、我有化するチャンスが現われるはずだ。

 アートとともにある「隣人と幸せな日」のイメージをめぐり、住人と「隣人」、あるいは友と敵を分かつ見えない境界は窓や声、あるいは気配を介して、希望と不安を伴いながら風に揺れる。コロナウイルス、あるいはコミュノウイルスが蔓延する公共空間において、人々のコモンズ/ウイルスへの不安とウィズコロナ/コミュノ・ウイルスの社会における生存と連帯、そして自由への希望がせめぎ合う。半透膜のフィルターとなったアーティスト/クリエーターと住人の関係性は、「隣人」としての観客を介して、まちづくりの方向性をゆるやかに導く。

 まちとアートの浸透圧のなかで、「すみだ向島 EXPO 2020」のビジョンは膨収しながら公共空間における多様性というビジョンの質料を獲得していく。アーティスト/クリエーターとともに、観客は「隣人」として住民の気配に触れ、住民は他者として訪れる「隣人」とともにまちに住まう。アートを介した「隣人」としての他者とのかかわりに、あるいはまちの公共性をめぐって、アーティスト/クリエーターと住民、そして観客は、これからの統制社会を自由に凌ぐための生存の技法(アート)をそれぞれに別の仕方で感得することもできたのではないか?

(*22)ジョルジョ・アガンベン.高桑和巳(訳).エピデミックの発明.感染/パンデミック―新型コロナウイルスから考える―.現代思想.2020
(*23)ジョルジョ・アガンベン.高桑和巳(訳).感染.同前掲書.
(*24)ジョルジョ・アガンベン.高桑和巳(訳).説明.同前掲書.
(*25)ジャン=リュック・ナンシー.伊藤潤一郎(訳).ウイルス性の例外化.同前掲書.
(*26)ロベルト・エスポジト.高桑和巳(訳).極端に配慮される者たち.同前掲書.
(*28)スラヴォイ・ジジェク.松本潤一郎(訳).監視と処罰ですか? いいですねー、お願いしまーす!.同前掲書.
(*29)水嶋一憲.コモン/ウイルス.同前掲書.
(*30)玉手慎太郎.感染予防とイベント自粛の倫理学.同前掲書.

 以上 文・撮影:F.アツミ(Art-Phil

F. Atsumi
編集・批評
アート発のカルチャー誌『Repli(ルプリ)』を中心に活動。これまでに、『デリケート・モンスター』(Repli Vol.01)、『colors 桜色/緑光浴』(Repli Vol.02)などを出版。また、展示やイベントなどのキュレーションで、『春の色』(2013年)、『十字縛り キャッチ・アンド・リリース』(2013年)、『テロ現場を歩く』(2014年)などに携わる。アート、哲学、社会の視点から、多様なコミュニケーション一般のあり方を探求している。https://www.art-phil.com/

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