【Art News Liminality】まちとアートの浸透圧―「すみだ向島 EXPO 2020」を歩く その2/6
2020年の秋、すみだ向島に現われたアート/まちづくりのニューノーマルとは? 全6回にわたる批評ドキュメント。その2
アーティストプロジェクトでは、所在のない不安と欠落の雰囲気に漂う紐帯への希望を見ることができた。《宿の家》(北川貴好)(*8)は、平屋を「民泊アート」として観客に提供し「宿り主(アーティスト)」の設定したハウスルールに沿って「宿り手(宿泊者)」が施設内と街中を行き来するというプロジェクトだ。敷地内に散らばる陶器や植木鉢、仮設の外階段から眺める植物に覆われた古民家の屋根に、人々の生活と自然の呼吸に包まれるのを感じた。
家屋内に漂うものの気配は、コロナ禍という不可視の不安をまといながら、祈りとともに長屋にこもり自身の「神聖なるもの」に取り組んだという粘土像《やさしい隣人・ウチダの神様と京島編》(ウチダリナ)(*9)や呪術性をまとったオブジェクトによるインスタレーション《見えないものの存在》(角田晴美)(*10)へと引き継がれることになる。未知のまちへと足を踏み入れることになったかもしれない観客は、そこかしこに浸透した死の気配のなかで家屋や土地から顔を覗かせるヴァナキュラーなイメージに何を感じただろうか。
明治期の幻の東京=東亰(トウケイ)として東京の原風景をストリート・フォトやオブジェクトのタイポグラフィの視点から表現しようと試みる《東亰(TOKEI)―東京(TOKYO)》(中里和人)(*11)では、ものと人が分かちがたく生活のなかで結びついていた町工場のありし日々の光景が即物的に、しかしプリントの効果とともに幻想的に切り取られていた。八広にある元建具屋でブリキのバケツや廃材などによって構築されたインスタレーションは、東京の原風景の縮図をフォトジェニックなまでに魅力的に再現していた。
会場内の中国人研究生らによる写真展では、故郷と墨田の風景をつなぐ窓(兪 姍含)、レシピを介して作業所と商店街の交流を想起させる惣菜(王 澤鈴、馬 天航)、建築群の幾何学的な構成を抽出する《非典型的墨田》(邢 越豪)、あるいは生物、人工物、人とのこれからのかかわりを予見する《New Nature》(方 健威)など、日本のアジア性を回顧させるとともに、中華圏コミュニティの到来を予感させ、移民社会の胎動を実感させる表現もみられた。
(*8)北川貴好.宿の家.https://sumidaexpo.com/artist/kitagawatakayoshi/
(*9)ウチダリナ.やさしい隣人・ウチダの神様と京島編.https://sumidaexpo.com/artist/uchidalina/
(*10)角田晴美.見えないものの存在.https://sumidaexpo.com/artist/harumitusnoda/
(*11)中里和人.《東亰(TOKEI)―東京(TOKYO)》.https://sumidaexpo.com/artist/nakazatokatsuhito/
以上 文・撮影:F.アツミ(Art-Phil)
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