【Art News Liminality】まちとアートの浸透圧―「すみだ向島 EXPO 2020」を歩く その5/6
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【Art News Liminality】まちとアートの浸透圧―「すみだ向島 EXPO 2020」を歩く その5/6

 2020年の秋、すみだ向島に現われたアート/まちづくりのニューノーマルとは? 全6回にわたる批評ドキュメント。その5

《The world at home in Mukojima 世界の人々がくつろぐ向島》(スプリー・ティトス)
《Family Trees》(かわむらみどり)

 《The world at home in Mukojima 世界の人々がくつろぐ向島》(スプリー・ティトス)(*19)では、1990年代後半以降の向島とコミュニティアートのかかわりがドキュメントのダイアグラムからなるインスタレーションによって展示されていた。墨田区を舞台に繰り広げられるまちとアート、あるいはアーティスト/クリエーターとのかかわりは、「向島博覧会2000」から20年を経てどのように変わったのだろうか。

 軒下プロジェクトでのFamily Trees》(かわむらみどり)(*20)による個人、家族、一族、家風、財産、DNAといったイメージを布などで表現したインスタレーションや《鼻歌窓》(清水みさよ)(*21)による路面のガラス窓に絵を水性クレヨンで描くインスタレーションなどを見ると、これまでアーティスト/クリエーターによって播かれたアートを媒介としたコミュニケーションのチャンスが花開き、実を結びつつあることが感じられた。

 振り返れば、アーティストの村山修二郎が《京島路地園芸術祭》を行い、戯曲家の岸井大輔が《LOBBYはじまりの場を創る》を開いていたのは「墨東まち見世 2009」のことだった。路地の植物や商店街がアートのインスタレーションや演劇空間そのものへと変化しているような2020年の現状を見ると、まちそれ自体がアートスペースへと変容しつつあるかのようにも見える。KAB Art Book Campがかつてアーティストの丹羽良徳によって拠点とされていたスペースをほとんど跡形もなく改装してつくられたというアネクドーツには、どこか凄みを感じさせるところもある。

 スマートシティやコンパクトシティというテーゼのもとで断行される排除と分断のロジックとデータ管理により統制を強める公共システムに対して、人々がアートを介して多様な人々を受け入れ、偶発的な出会いからぬくもりとやさしさといった人間的な質感を更新し、まちのシステムを他者とともに柔軟で寛容なものへと変えることを可能にするまちづくりの青写真がここにはある。

(*19)スプリー・ティトス.The world at home in Mukojima 世界の人々がくつろぐ向島.https://sumidaexpo.com/artist/titus-spree/
(*20)かわむらみどり.Family Treeshttps://sumidaexpo.com/artist/midorikamimura/
(*21)清水みさよ.鼻歌窓.https://sumidaexpo.com/artist/yukokawamura/

 以上 文・撮影:F.アツミ(Art-Phil

F. Atsumi
編集・批評
アート発のカルチャー誌『Repli(ルプリ)』を中心に活動。これまでに、『デリケート・モンスター』(Repli Vol.01)、『colors 桜色/緑光浴』(Repli Vol.02)などを出版。また、展示やイベントなどのキュレーションで、『春の色』(2013年)、『十字縛り キャッチ・アンド・リリース』(2013年)、『テロ現場を歩く』(2014年)などに携わる。アート、哲学、社会の視点から、多様なコミュニケーション一般のあり方を探求している。https://www.art-phil.com/

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