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W'UP★7月18日~9月13日 ボストン美術館共同企画 特別展「南都仏画―よみがえる奈良天平の美―」 奈良国立博物館(奈良県奈良市)

W'UP★7月18日~9月13日 ボストン美術館共同企画 特別展「南都仏画―よみがえる奈良天平の美―」 奈良国立博物館(奈良県奈良市)

ボストン美術館共同企画 特別展「南都仏画―よみがえる奈良天平の美―」
会 期 2026年7月18日(土)~9月13日(日)
前期 7月18日(土)~8月16日(日)
後期 8月18日(火)~9月13日(日)
※会期中、一部の作品は展示替えを行います。
会 場 奈良国立博物館 東西新館(奈良県奈良市登大路町50)
開館時間 9:30~17:00
※毎週土曜日は19:00まで
※8月5日(水)~7日(金)、8月9日(日)~14日(金)は18:00まで
※入館は閉館の30分前まで
休館日 毎週月曜日、7月21日(火)
※ただし、7月20日(月・祝)、8月10日(月)は開館
入館料 一般 2,200円(2,000円)、高大生 1,500円(1,300円)、中学生以下無料
※( )内は前売券と20名以上の団体料金。
※前売券は、7月17日(金)23:59まで販売
※高大生の方は学生証をご提示ください。
※未就学児、障がい者手帳またはライロIDをお持ちの方(介護者1名を含む)、奈良博メンバーシップカード会員の方(1回目及び2回目の観覧)、賛助会会員(奈良博、東博[旧シルバー会員・ブロンズ会員を除く]、九博)、清風会会員(京博)は無料。
※本展の観覧券で、名品展(仏像館・青銅器館)もご覧になれます。
※奈良国立博物館キャンパスメンバーズ会員(学生)の方は400円、同(教職員)の方は2,100円で当日券をお求めいただけます。観覧券売場にて学生証または職員証をご提示ください。
ホームページ https://nantobutsuga2026.exhibit.jp
お問合せ 050-5542-8600(ハローダイヤル)

 日本仏教美術の原点にして頂点、奈良に生まれた「南都仏画」の史上初の大展覧会です。
「南都」と呼ばれた奈良には、古代から連綿と受け継がれてきた珠玉の仏教絵画、それが「南都仏画」です。奈良時代には後世まで規範とされていく国際色豊かな天平絵画が大寺院を彩り、平安時代になると貴族好みの優美な仏画が盛んに礼拝されました。
 鎌倉時代以降には、南都仏教の復興期にあたり、天平の図像にもとづく復古的な仏画が描かれるようになるとともに、「南都絵所」と呼ばれる奈良の仏画工房に所属した絵仏師たちが、仏画や絵巻の制作、さらには仏像の彩色にも携わるようになりました。
 本展覧会は、米国・ポストン美術館と奈良国立博物館による約20年の構想を経て実現した国際共同企画です。ポストン美術館が所蔵する南都ゆかりの仏画の優品が一挙に里帰りし、奈良国立博物館の所蔵品をはじめとする国内の選りすぐりの仏画・仏像で、「南都仏画」の歴史をたどる初の試みとなります。さらには、南都のまほろしの名刹・内山永久寺の堂内を彩った名画が一堂に会する貴重な機会となります。本展覧会でしか体験できない「南都仏画」の魅力を、ぜひ心ゆくまでご堪能ください。

第1章 法隆寺金堂壁画―日本仏画の黎明―
 日本仏教絵画の歴史は、法隆寺金堂を彩った12面の壁画の誕生に始まるといっても過言ではありません。力強い線描と豊麗な彩色によって生み出される雄大なほとけの姿は、遣唐使がもたらした大陸の図像や絵画表現を色濃く反映するものであり、日本で初めての本格的な仏画様式がここに確立したといえるでしょう。本章では、昭和24年(1949)の焼損前の姿を伝える金堂壁画の模写や、図像的に密接な関係をもつ国宝・伝橘夫人念持仏厨子などの重要作品を通じて、南都仏画の原点に位置づけられるその魅力を紐解きます。

第2章 天平の彩り
 平城京に都が置かれた奈良時代、遣唐使を通じて大陸の先進的な仏教文化が流入し、東大寺や興福寺などの大寺院が造立されました。堂内を彩ったのは、力強い線描と「紺丹緑紫」のコントラストが鮮やかな彩色を誇る仏画や仏像です。この時期に確立された荘厳な図像や表現形式は、奈良から日本各地の寺院へと広まるとともに、後世の南都の絵師たちが規範と仰ぐ古典となりました。本章では、南都仏画の様式を決定づけた天平絵画の精華をたどります。

第3章 南都の平安仏画
 平安時代の南都では、京都の絵仏師によって描かれたとみられる、華麗な戩金文や彩色を凝らした優美な仏画が受容されました。その一方で、法隆寺にかつて伝来した奈良国立博物館の国宝「十一面観音像」のように、奈良時代以来の古様な図像を守り伝える、南都特有の絵画形式も受け継がれていました。本章では、京都の文化から色濃く影響を受けながらも独自に発展した、南都における平安時代の仏画の諸相を紹介します。

第4章 追憶の天平仏
 平安時代末期の12世紀、南都では大陸からもたらされた最新の仏教知識に基づく教学復興が図られるとともに、各宗派独自の礼拝画が生み出されていく過程で奈良時代の天平仏画が再び注目されるようになります。ポストン美術館所蔵「法華堂根本曼陀羅」の図像が、東大寺の国宝「俱舎曼荼羅」に引用されたことは、その象徴的な事例です。源平合戦の戦火を乗り越え、鎌倉時代へと続くこの原点回帰の潮流は、天平のほとけの姿を追憶する重要な契機となったのです。

第5章 内山永久寺―南都仏師・絵仏師の競演―
 平安時代に創建され、奈良県天理市柚之内町の地に壮麗な伽藍を誇った奈良を代表する名刹「内山永久寺」。明治初年の神仏分離令を経て廃絶し、かつての栄華を象徴する仏像や仏画など寺宝の一部は、現在も国内外の寺社や美術館・博物館に保管されています。本章では、ポストン美術館が所蔵する内山永久寺旧蔵の名画が里帰りするこの機会に、南都の仏師や絵仏師たちが内山永久寺を舞台として、技を競いながら生み出した造形の魅力を紹介します。

第6章 南都仏教の復興と絵所
 鎌倉時代、東大寺や興福寺を中心に南都仏教の教学復興が本格化しました。華厳宗や法相宗、律宗など各宗派で新たな儀式が整えられる中、本尊となる仏像の彩色や仏画の需要が急増します。これらの制作を一手に担ったのが、奈良を拠点とする絵仏師たちでした。特に興福寺に所属する「南都絵所」の絵仏師たちは、室町時代末期までその系譜を維持し、南都特有の伝統的な図像や豊かな画風を後世へと守り伝えました。

第7章 春日曼茶羅と神々の絵画
 奈良の春日大社に対する信仰に基づく礼拝画は「春日曼茶羅」と呼ばれます。特に社殿や神域の景観を描く「春日宮曼茶羅」や春日神の使いとされた神鹿を描く「春日鹿曼茶羅」は、南都絵所の絵仏師によって奈良を象徴する垂迹画として盛んに描かれました。本章では、ポストン美術館が所蔵する国内未見の希少な優品と、奈良国立博物館のコレクションを中心に、国内外に伝わる春日曼茶羅および奈良の神祇信仰に関わる絵画の諸相を紹介します。

第8章 よみがえる奈良・天平の美
 明治期の神仏分離政策により、奈良の仏教美術は存続の危機に陥りました。この窮状で南都仏画の真価を再発見したのが、アーネスト・フェノロサと岡倉天心です。彼らは法隆寺金堂壁画や薬師寺吉祥天像などを「日本美術の古典」として高く評価しました。彼らの鑑識眼によって見出されたこれら奈良ゆかりの名品は、現在、質・量ともに世界最高峰を誇るポストン美術館の南都仏画コレクションの核となっています。

主 催 奈良国立博物館、NHK奈良放送局、NHKエンタープライズ近畿、朝日新聞社
協 賛 きんでん、ダイキン工業、竹中工務店、NISSHA
特別協力 ポストン美術館
協 力 日本航空、仏教美術協会
特別支援 DMG森精機

用語解説
南都仏画
 奈良時代に平城京が営まれた奈良の地は、平安京への遷都後も「南都」と呼ばれ、仏教文化の都であり続けました。本展覧会では、南都の寺院で礼拝され、南都の絵仏師たちによって連綿と描き継がれてきた仏教絵画を「南都仏画」と総称します。その特色は、南都仏教が誕生した奈良時代の図像や絵画様式を規範とし、最新の大陸の絵画技法も導入しながら形づくられた、力強い線描と明快な彩色が生み出す理想的なほとけの姿にあります。
法隆寺金堂壁画
 法隆寺金堂の外陣は、釈迦・阿弥陀・弥勒・薬師の説法図など全12面の壁画によって壮麗に彩られていました。その力強い線描が生み出す雄大なほとけの姿や、絵具の濃淡による陰影法を駆使した立体表現は、遣唐使がもたらした初唐様式を濃厚に反映するものであり、日本古代仏教絵画の最高峰に位置づけられています。1949年の火災で惜しくも焼損しましたが、被災前に撮影された写真や精巧な模写が、南都仏画の原点となる名画の往時の姿を今に伝えています。
内山永久寺
 平安時代の永久2年(1114)、鳥羽上皇の勅願により創建された内山永久寺は、かつて「西の日光」とも称されるほどの壮麗な伽藍を誇った南都の大寺院でした。興福寺の有力な末寺として、また奈良・石上神宮の神宮寺として発展しましたが、明治期の神仏分離政策により廃寺となりました。現在は建物こそ失われたものの、散逸した貴重な寺宝の多くが近隣の社寺や国内外の美術館・博物館に所蔵されており、まぼろしの名刹の歴史と美を今に伝えています。
重命
 中世の興福寺で仏画制作を担った「南都絵所」のうち、松南院座・吐田座・芝座の三工房が有力でした。鎌倉時代の松南院座の絵仏師・重命は、内山永久寺において四天王像(ポストン美術館蔵)や不動明王および八大童子像(世田谷山観音寺蔵)の彩色を担うなど、南都の有力寺院で多岐にわたる作画活動を行いました。重命が作業後に「南都の家」へ帰宅した旨を記す史料も残されており、南都に拠点を構えた絵仏師の最古の記録として貴重です。
ポストン美術館
 アメリカ独立100周年にあたる1876年7月4日に開館した米国を代表する私立美術館。海外における日本美術の最大のコレクションを誇っており、とりわけ東大寺旧蔵「法華堂根本曼陀羅」に代表される奈良ゆかりの仏教美術コレクションは、19世紀末にアーネスト・フェノロサから神仏分離政策の余波によって危機に瀕した寺宝を保護したことで形成されました。そしてフェノロサの教え子だった岡倉天心が、現在まで続くポストン美術館の日本美術部門の礎を築いたのです。
アーネスト・フェノロサ(1853-1908)
 米国マサチューセッツ州出身の哲学者・美術史学者。ハーバード大学を卒業後、明治11年(1878)に来日し、東京大学で哲学の教鞭を執る傍ら、日本美術に深い関心を寄せました。助手の岡倉天心とともに奈良の古社寺を中心に、日本各地の文化財の調査・保護に従事し、その調査過程で発見した名品の数々を自ら収集しました。帰国後にポストン美術館東洋部長に就任すると、その膨大なコレクションを同館に寄贈し、日本美術研究の先駆者としてその精華を世界に紹介しました。
岡倉天心(1863-1913)
 東京大学の助手としてフェノロサに学んだ後、文部省の技官として全国の古社寺調査に従事。特に奈良の古社寺調査を通じて仏教美術の価値を再発見し、帝国奈良博物館(奈良国立博物館の前身)の設立など文化財保護に尽力しました。東京美術学校長として法隆寺金堂壁画など古画の模写を通じた新日本画の創出を指導し、後に渡米してポストン美術館の中国・日本美術部長に就任。同館の日本美術コレクションを体系化し、その価値を世界に広く発信しました。

本記事は各施設配布のプレスリリースおよび提供情報をもとに作成しています。

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