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W'UP★4月22日~7月20日 テーマ展「豊臣と南部」 もりおか歴史文化館(岩手県盛岡市)

W'UP★4月22日~7月20日 テーマ展「豊臣と南部」 もりおか歴史文化館(岩手県盛岡市)

テーマ展「豊臣と南部」
会 期 2026年4月22日(水)~7月20日(月)
会 場 もりおか歴史文化館(岩手県盛岡市内丸1-50)
開館時間 10:00~18:00(入館は17:30まで)
休館日 月曜日(ただし7月20日は開館)、祝日の翌日、年末年始
入館料 一般 300円(20名以上の団体は200円)、高校生以下 無料
ホームページ https://www.morireki.jp
お問合せ もりおか歴史文化館 電話 019-681-2100

 豊臣秀吉が関白となって惣無事令を発布するなど、天下統一の動きを加速させていくなか、陸奥国三戸城を拠点としていた南部家(後の盛岡藩主南部家)当主・南部信直は、領内外の反対勢力と対抗していくため、積極的に「天下人」である豊臣秀吉に近づくことを模索します。そして前田利家や浅野長政など、豊臣政権下の有力な大名たちの力を借りながら、南部家は豊臣政権との繋がりを強めていきます。
 豊臣秀吉は小田原北条氏を攻め滅ぼした後、奥羽仕置を行ないましたが、小田原攻めに非協力的であった大名や領主は、ことごとく改易されました。南部信直はさまざまな人脈を駆使しながら、この難局を乗り切り豊臣大名への転換に成功します。これ以降も、南部家は豊臣政権下において、さまざまな豊臣大名と交流を深め、協力しながら政権運営の一翼を担っていくことになります。本展ではこれらの史実を示す、貴重な古文書の数々を展示します。特に豊臣秀吉朱印状については、当館が収蔵する9点すべて(2通の禁制を含む)を展示していますので、この機会に是非ご堪能いただければと思います。

展示室情景
展示室情景:南部家に与えられた天正~慶長年間の豊臣秀吉朱印状が壁一面に並ぶ
南部信直宛豊臣秀吉朱印状/天正14年(1586)8月12日。南部家が前田利家の執り成しで、初めて豊臣秀吉と誼を通じた時のもの
南部信直宛豊臣秀吉朱印状/天正14年(1586)8月12日。南部家が前田利家の執り成しで、初めて豊臣秀吉と誼を通じた時のもの
南部信直宛豊臣秀吉朱印状/天正18年(1590)7月27日。岩手県指定有形文化財。奥羽仕置の具体的な指示が明示された希少な資料。
南部信直宛豊臣秀吉朱印状/天正18年(1590)7月27日。岩手県指定有形文化財。奥羽仕置の具体的な指示が明示された希少な資料。
南部信直宛豊臣秀吉朱印状/慶長3年(1598)3月27日。豊臣秀吉の隠居所伏見城建設(再建)に必要な木材の運搬を指示されたもの。
南部信直宛豊臣秀吉朱印状/慶長3年(1598)3月27日。豊臣秀吉の隠居所伏見城建設(再建)に必要な木材の運搬を指示されたもの。
南部信直宛豊臣秀次書状/(年未詳)2月26日。鷹商田中清六を介した豊臣秀次(秀吉の甥)と南部信直との交流を示す資料。
南部信直宛豊臣秀次書状/(年未詳)2月26日。鷹商田中清六を介した豊臣秀次(秀吉の甥)と南部信直との交流を示す資料。

もりおか歴史文化館
もりおか・城と城下町フィールドミュージアム
盛岡城跡公園の一角にある町なかミュージアムです。1階は無料で、盛岡を代表する祭りや旬の観光情報を紹介しています。2階展示室(有料)では盛岡藩の歴史や藩主南部家に関わる資料を展示しています。

もりおか歴史文化館
 もりおか歴史文化館は、盛岡城跡公園の一角にある町なかミュージアムです。1階は無料で、盛岡を代表する祭りや旬の観光情報を紹介しています。2階展示室(有料)では盛岡藩の歴史や藩主南部家に関わる資料を展示しています。
指定管理者 もりおか歴史文化館活性化グループ(株式会社乃村工藝社、公益財団法人盛岡観光コンベンション協会)

本記事は各施設配布のプレスリリースおよび提供情報をもとに作成しています。

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