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W'UP★2月7日~4月5日 特別展 尾張徳川家の雛まつり 徳川美術館 本館展示室(名古屋市東区)

W'UP★2月7日~4月5日 特別展 尾張徳川家の雛まつり 徳川美術館 本館展示室(名古屋市東区)

特別展 尾張徳川家の雛まつり
会 期 2026年2月7日(土)~4月5日(日)
会 場 徳川美術館 本館展示室(愛知県名古屋市東区徳川町1017)
開館時間 10:00~17:00(最終入館は16:30)
休館日 月曜日(※月曜日が祝日の場合は、翌火曜日休館)
入館料 一般 1,600円(1,400円)、高大生 800円(700円)、小中生 500円(500円)
※土曜日は高校生以下無料
※( )内は各種割引・20名以上の団体料金
ホームページ https://www.tokugawa-art-museum.jp/
お問合せ 052-935-6262(月曜日を除く10:00~17:00)
主 催 徳川美術館・名古屋市蓬左文庫・中日新聞社

明治・大正・昭和、三世代にわたる尾張徳川家当主夫人の雛人形や雛道具
明治・大正・昭和、三世代にわたる尾張徳川家当主夫人の雛人形や雛道具が飾られた大雛段飾りは高さ2m、幅7mにも及ぶ

 明治・大正・昭和、三世代にわたる尾張徳川家当主夫人の雛人形や雛道具が飾られた大雛段飾りは高さ2m、幅7mにも及びます。
 徳川美術館では、毎年雛まつりの時期に合わせて、江戸時代から近代に至る尾張徳川家伝来の雛飾りを展示しており、今年で39年目を迎えます。長年に渡り愛されるこの展覧会は、名古屋に早春を告げる風物詩として3世代家族でのご来館も多く、江戸時代の姫君が所持していた有職雛(ゆうそくびな)や、婚礼調度のミニチュアである精緻な雛道具は、大名家の格式を示すとともに、いつの世も変わらぬ親が子を想う気持ちを伝えています。尾張徳川家3世代の夫人たちの雛人形が飾られた豪華な大雛段飾りをはじめ、春を迎える慶びと華やぎに満ちた品々をお楽しみください。

見どころ1. 矩姫(かねひめ)の有職雛
 矩姫(1831~1902)は、18歳で尾張徳川家14代慶勝(よしかつ)夫人となり、幕末から明治の激動の時代を生きたお姫様です。矩姫の雛人形は数多く残されており、そのいずれもが「有職雛」と呼ばれる公家の装束を正しく考証して作られた雛人形です。公家装束は身分・年齢・季節・場面によって異なり、今年公開する有職雛が着用しているのは「束帯(そくたい)」という正装です。

有職雛(束帯姿)貞徳院矩姫(尾張家14代慶勝正室)所用 江戸時代 19世紀 徳川美術館蔵
有職雛(束帯姿)貞徳院矩姫(尾張家14代慶勝正室)所用 江戸時代 19世紀 徳川美術館蔵

見どころ2. 姫君と雛人形、大小の「お嫁入り道具」を比べる
 雛人形は姫君自身の分身と考えられてきました。そのため、姫君のお嫁入りの際には、分身である雛人形にもお嫁入りのための道具が誂えられました。徳川美術館には、姫君が実際に使用した婚礼調度と、それを忠実に写して作られたミニチュアの雛道具が、ともに伝えられています。
 今年は、婚礼調度の貝桶と、それを小さく仕立てた雛道具の貝桶を並べて展示し、その精巧さを比較してご紹介いたします。写真左は公家の近衛家から尾張徳川家に嫁いだ福君(さちぎみ)の貝桶。菊の折枝と両家の家紋が散らされています。写真右は雛道具の貝桶ですが、散らされたモチーフが同じであることがおわかりいただけますでしょうか。また、貝桶の中に納められた合貝にも注目です。大小いずれも素材はハマグリで、小さいからといってシジミなどで代用することはありません。実物同様に小さなハマグリを用いて作られており、細部にまで妥協のないこだわりを感じることができます。実物とミニチュア、二組のお嫁入り道具を見比べることで、大名家の婚礼文化と、雛人形に託された特別な意味が、より立体的に浮かび上がります。

菊折枝蒔絵雛道具 貝桶/合貝 俊恭院福君(尾張家11代斉温継室)所用 江戸時代 19世紀 徳川美術館蔵
菊折枝蒔絵雛道具 貝桶/合貝 俊恭院福君(尾張家11代斉温継室)所用 江戸時代 19世紀 徳川美術館蔵

見どころ3.尾張徳川家の大雛段飾り
 大名家でも雛人形を飾るようになったのは江戸中期以降のことです。尾張徳川家では明治以降も、雛まつりにあわせて本邸の書院の襖を開け放ち、いくつもの部屋にわたる雛段を飾り、お披露目がが行われてきました。現在、徳川美術館で公開されている大雛段飾りは、明治・大正・昭和の三世代にわたる当主夫人の所用品です。雛段には、雛人形・雛道具のほか、着せ替えのできる抱き人形や動物を模した毛作り人形なども数多く並び、大人数で丸一日かけて飾り付けされます。そのひとつひとつに目を向けるほど、御三家筆頭であった尾張徳川家ならではのスケールと美意識を実感していただけます。

19代義親夫人米子、20代義知夫人正子、21代義宣夫人三千子の大雛段飾り。最上段のぼんぼりをおおよその境に、左から明治、大正、昭和の雛人形・雛道具の変遷を見ることができる。
19代義親夫人米子、20代義知夫人正子、21代義宣夫人三千子の大雛段飾り。最上段のぼんぼりをおおよその境に、左から明治、大正、昭和の雛人形・雛道具の変遷を見ることができる。 尾張徳川家三世代の雛段飾り 徳川三千子氏寄贈

初公開作品:豊島家の雛人形
 豊島知子氏より徳川美術館にご寄贈いただいた雛人形を初公開します。ご実家である名古屋の豪商・富田家(屋号:紅葉屋)で誂えられ、嫁ぎ先である豊島家に持参されました。ふっくらとした愛らしい顔立ちの木彫彩色人形で、彩色は復古やまと絵派の日本画家・森村宜稲(よしね)(1871~1938)が手がけました。台には有職文様の小葵文裂地を用い、瓶子には富田家の家紋「丸に十字文」を表すなど、格式と雅趣を備えた旧家ならではの雛飾りです。

雛飾り 森村宜稲作 豊島知子氏寄贈 昭和時代 20世紀
雛飾り 森村宜稲作 豊島知子氏寄贈 昭和時代 20世紀

雛まつりの起源
 雛まつりは、古代中国において3月最初の巳の日に穢れを払った行事が起源と考えられています。この行事は7世紀には日本にもたらされ「上巳(じょうし)の節供」として3月3日に行われるようになり、平安時代には宮廷行事として定着しました。また日本には古代からの民俗信仰として、自身の罪や穢れを人形に託し水辺に流す風習や、幼い子どもたちが遊ぶ人形を「ひいな」と呼ぶ習慣がありました。これらの風習が一体となり、3月3日の雛まつりになったと考えられています。当館では旧暦で雛まつりを祝う尾張徳川家の慣習に倣い、例年4月上旬まで「尾張徳川家の雛まつり」展を開催しています。

アクセス
JR中央本線「大曽根」駅下車、南口より徒歩8分
市バス・名鉄バス 基幹2系統「徳川園新出来」下車、徒歩3分
名古屋観光ルートバスメーグル「徳川園・徳川美術館・蓬左文庫」下車すぐ
美術館南側に無料駐車場17台あり

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