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W'UP★5月23日~6月27日 諏訪未知 PANTALOON KAYOKOYUKI(港区六本木)

W'UP★5月23日~6月27日 諏訪未知 PANTALOON KAYOKOYUKI(港区六本木)
PANTALOON 2026, on-demand print on paper, digital photograph
72.8 x 51.5 cm based on an illustration by Maurice Sand
 

 

諏訪未知 PANTALOON
会 期 2026年5月23日(土)~6月27日(土)
会 場 kayokoyuki(東京都港区六本木6-6-9 ピラミデビル2F)
開館時間 12:00~18:00
休館日 日・月曜日、祝日
入館料 無料
ホームページ https://www.kayokoyuki.com

 諏訪未知(1980年、神奈川県生まれ)は、身の回りで起こる現象や自身の身体感覚に根ざし、私たちが当然のものとして受け入れている世界の成り立ちに小さな亀裂を見出すような作品を制作してきました。正方形の画面には、抑制された色面と幾何学的でありながら手触りの残る図が配置され、重力や遠近感といった前提をわずかに揺るがせます。そこでは、私たちが知識として理解している世界と身体を通して感じている世界との間に生じるずれが俄かに立ち上がってきます。

 諏訪にとってのPANTALOON(ズボン)とは、単なる衣服の名前ではなく、身体と構造との関係をめぐるひとつの思考の装置であると思われます。ここでは、私たちが無意識に従っている身体の習慣や、その身体を受け入れるはずの構造との関係が改めて問い直されています。右から履くのか、左から履くのか。そうした些細な行為のなかに潜む秩序は、身体の側に属するのか、それとも構造の側に属するのか。そのどちらにも帰属しきらないわずかな不均衡が、本展「PANTALOON」の出発点となっています。
 本展において諏訪は、このような身体と構造の不均衡を、図像としてのズボンを描くのではなく、絵画が成立する条件そのものへと展開しています。正方形のフォーマット、細い縞模様と放物線との交錯、画面からわずかにせり出した板、あるいは床との距離や位置関係。それらは、絵画がどのように支えられ、どのようにそこに留まっているのかを問い直すための要素として配置され、見る者の身体感覚に直接働きかけます。
 諏訪の作品に向き合うとき、私たちはもはや「何が描かれているのか」という問いだけでは立ち止まることができません。立って見ているという自身の身体の状態や下方向へと引かれる重力、重心の位置、そして画面に生じるわずかな違和感へと意識が向けられていきます。そこでは、構造の側と身体の側、どちらが正しくどちらがずれているのか、それともどちらとも正しくどちらともずれているのか。その判断は宙吊りにされたまま、両者は交換可能なものとして揺れ動き続けます。諏訪の作品は、そうした両者の不安定な関係のなかで、絵画が立ち上がる瞬間を捉えようとする試みであるといえるでしょう。
 本展「PANTALOON」は、絵画をひとつの完成された像として提示するものではなく、その成立を支えるあらゆる事物との関係の網の目を丁寧に掬い取ろうとする試みです。鑑賞者は、足元に生じる小さな、しかし深い穴に導かれるようにして、自分自身の身体と絵画との間に現れた不確かな領域へと足を踏み入れることになるでしょう。
 本展は、自由が丘のgallery21yo-jで開催される「pantaloon」(5月30日~6月21日)と緩やかに連関しています。本展の空間において際立つ構造の立ち上がり方は、別の場所において、より身体に近く重心が引き寄せられていきます。是非、本展と併せてご高覧ください。

Card  2026, oil on canvas, 65.2 x 65.2 cm
Card 2026, oil on canvas, 65.2 x 65.2 cm
PIN  2026, oil on canvas, 91× 91 cm
PIN 2026, oil on canvas, 91× 91 cm

長い部分
 しばしば正方形のフォーマットで制作するのは、重心が定まるのを避けるためだ。身体の慣習的な都合のために制度化された機能や秩序など、偶然に過ぎないと考えることが芸術の初手だとすれば、正方形はその疑いの構えを宙吊りにするための構造である。構造が抑圧として働かないはずはない。その事実もまた、宙吊りの構造に含まれると考えると、正方形は落下までの時間を先延ばし、しがみつくための梯子となる。身体と構造のどちらにも不均衡の可能性は交換可能なものとして残される。ただ世界の側に擬態する言葉が必要になる。表象に抗する不条理で幸福な言葉の引力が。自然的な態度の否定の先で、言葉が過酷な運命を辿っている様を目撃するのはあまりにも容易い。それでも言葉に見放されたと思わないでいられるのは、その運命を知りながらなお書き続けた作家たちの静かな持久に負っている。心からの敬意を--。形態は落ちるために止まり、留めるために動く。従順ではない言葉がユーモアを帯び、像は摩擦を起こし両立せず、盲点が生じる。足元に穴が開き、再びしがみつく。その繰り返し。

短い部分
 右から履くと長すぎる。
 左から履くと短すぎる。
 2025年11月 諏訪未知

関連イベント
トークショー 諏訪未知/平倉圭(芸術理論家)
日時 6月27日(土)14:00~15:30
会場 kayokoyuki(東京都港区六本木6-6-9 ピラミデビル2F)

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