【The Evangelist of Contemporary Art】Frieze London 2024とArt Basel Paris 2024を比較する―アフターコロナのアートフェアに変化(グローバルか?ローカルか?)の兆しが!(後)
[2]パリでArt Basel Paris 2024を観る
1.スペシャル・レポート
改修なったGrand Palais(1)に戻って、ひたすら明るいアートフェアとなったArt Basel Paris(2~4)。その雰囲気とはやや異質なインスタレーションを披露してくれたのが、新進アーティストの作品を個展形式で紹介するEmmergence部門(5)に日本から唯一出品したギャラリー、Kayokoyuki(6)。
個展のアーティストは、井出賢嗣。作品(7~13)を生成する彼の繊細なジェスチャーがシンメトリーあるいは反復のフォルムを織り上げる。だが、そのシンメトリーと反復を崩す工夫もされていて、観者の視線をじりじりと作品の細部に引き寄せる。とはいえ、細部に真実が宿るということはない。あくまでインスタレーションとなる差異を際立たせるために細部は存在する。ところが差異自体は不可視である。そうなると細部は現実ではなく非存在の幻影になる。この点で奇妙なインスタレーションは、グラン・パレの2階より上のX階(14)に観者の視線を向かわせて彷徨わせる。そして、彼女/彼は時間を忘れて佇立するだろう。
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2.New Art Fair at Grand Parais
パリで長らく行われてきた最大のアートフェアFIACが、会場のGrand Paraisが改修中の一時期、Grand Parais Éphémèreで開催された。そのFIACが突如としてパリを去り、直後の2022年、Paris+ par Art Baselという名称でFIACの跡を引き継いだのが、バーゼルを本拠地にするArt Baselである。そして、2024年改修が終わったGrand Paraisで、初めてArt Basel Parisが開催されることになった。ここで「初めて」というのは、アートフェアの名称とその会場の二重の意味である。
Grand Paraisの広大な会場(200弱の参加ギャラリーを1日で見切れるか?)の出展ギャラリーを回りつつ、白いパーティションで区切られたブースの配置を通して、1階(15~20)の巨大ホールに有力ギャラリーがでんと構え、中堅以下若手、新人ギャラリーが2階(21、22)の端(エッジ)に追いやられる構図が見えてきた。それが、今世紀に入ってグローバルに急拡大してきた現代アートのマーケットが形作るギャラリーのヒエラルキーを、1、2階の会場で逆さまになぞっているように想像された。コマーシャルギャラリーのグローバルな勢力図としてのフェアマップ(23、24)である。
1階は、エスタブリッシュされたメガ、ビッグ、老舗のギャラリーが軒を並べている。それらの展示作品は、冒険なく破綻のないステレオタイプとなった「現代アート」である。問題なのは、それが長期に渡って棄却されず固定されると表現のダイナミズムが失われ、現代アートの死(硬直化)を意味する権威主義に陥ることではないか。
そのなかで金に目が眩むことなく最低限品位を保っていたギャラリーが、Marian Goodman(25~27)とAlison Jacques(28~30)だった。他にロンドンで私のお気に入りギャラリーの1つAlmine Reck(31~33)は、とにかくフェアは商品の即売会と割り切り売り物のアートに徹している。もう1つのPilar Corrias(34~36)は、アートはこれほど軽薄でよいのかと思われるほどだった。
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3.2024年のArt Basel Paris推奨ギャラリーを探す
1階の端(マージン)と2階の端(エッジ)で推奨したい、ヒエラルキーなきギャラリー(37~82)を列挙しよう。
4.Frieze LondonとArt Basel Parisを比較する:結論
Art Baselの本拠地、スイスのバーゼルで毎年6月に開催される世界最大のアートフェア、Art Basel(出展ギャラリー200強)とほぼ同規模(同200弱)のアートフェアをパリで実現することの理由(バーゼルから比較的近距離のパリで開くことの)は、Art Baselがグローバルマーケットの存在を信じているからではないか? リーマンショック後の2010年代、世界経済でいち早く立ち直ったアートマーケットは急成長して文字通りグローバル化していった。ところが、このグローバルなネットワークをズタズタにする大事件が、2020年に惹起する。新型コロナウィルスのパンデミックである。ようやくそのショックが癒える2022年以降、グローバル化が再び勢いを取り戻すかと思われたが、新型コロナの後遺症は意外に根強く、グローバルではなくコロナで分断されたローカル色が次第に濃くなる現実に、我々は現在直面している。
この事態にアートフェアはどう対応するのか? 資本の野放図な蓄積のルールに従えば、パンデミック以降、再び新自由主義のグローバル化が世界を席巻するはずではないか。アートマーケットも、その忠実な下僕として貢献することだろう。だが、そのグローバル化に嫌気がさした勢力が、世界のアートマーケットに竿さしている。
前者のグローバル化の代表が、世界の2大アートフェアの一方のArt Basel、後者のローカル化が他方のFriezeだとしたら、どうだろう。その違いを検証するために、私は本文で2つのフェアの比較をしたが、そこから明らかな傾向やぼんやりとした匂いを感じ取らなかっただろうか? 両方のアートフェアに参加するギャラリーが多いので、フェアのメンバー表を見る限り、似たり寄ったりでそのように思われないだろう。だが現に、その影響が両フェアに現れていると思う。
フェアの規模は、その指標の1つになる。Art Baselは積極的に規模を拡大し、アートワールドにグローバルの網を掛けようとしてきた。Friezeはギャラリー数を絞って、少数精鋭でローカルで勝負する。両フェアに重複するギャラリーの数は多いのだが、フェアごとで同一のギャラリーの展示する作品が微妙に変わる。ギャラリーはビッグであればあるほど、グローバルにもローカルにも対応できるアーティストのレパートリーを揃えている。中堅以下のギャラリーはそれら両極に適合するアーティストのストックがないので、彼らが信頼する少数のアーティストにギャラリーの命運を託すことになる。結果、その趣味がギャラリーの傾向を決定する。
パンデミックの収束が、グローバルの再始動を模索する結論に落ち着くのか? ローカルに転じる決定的な分岐点になるのか? その帰趨のバロメーターとなるだろう2つのアートフェアの暗黙のバトルは見逃せない。
経済的拡大のグローバルの復活を信じるArt Baselと、パンデミック直前のブレグジットを端緒として、パンデミック以降ローカルに舵を切ったFriezeの今後の動向に注目されたい。
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(文・写真:市原研太郎)
■今までの市原研太郎執筆のブログ https://tokyo-live-exhibits.com/tag/%e5%b8%82%e5%8e%9f%e7%a0%94%e5%a4%aa%e9%83%8e/



















































































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