【The Evangelist of Contemporary Art】Frieze London 2024とArt Basel Paris 2024を比較する―アフターコロナのアートフェアに変化(グローバルか、ローカルか)の兆しが!
[1]ロンドンでFrieze Art Fair 2024を観る
1.本家Frieze Londonの変化
世界的なアートマーケットの景気後退のショックを受けたのか、夜の看板(1)と同じく第一印象が大人しめのFrieze Londonだった。画像2、3は、Friezeの野外彫刻に展示されたNathan Coley作品。
そのFriezeを通観して、去年までと大きく変化した点に気づいた。フェア(4は会場のマップ)のエントランス(5)の場所が変わり、それにともなってギャラリー・ブースの配置に異動があった。画像6~14はエントランス周辺のギャラリーである。そのおかげで、ブースの変更前にはあった人の流れの偏りがなくなり、会場全体に入場者の波が行き渡るようになった。
そして、これまでは観衆が集まりにくい無名や若手ギャラリーのエリアに、念を押すかのようにメガギャラリーが移動したので、会場の人口密度が平均化したのだ。
ギャラリーの展示風景(15~42)は、さすがに現代アートのメッカ、ロンドンのFriezeである。地元はもちろん、世界の各ギャラリーのレベルが非常に高い。だからだろうか、今年の来場者はかなり増えている。それが売り上げに直結するかどうかは不明だが、Frieze Londonの生きた血液の循環を円滑にする配置換えの効果は覿面だったと思う。
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2.席換えの効用
ギャラリーの席換え(配置転換)で場所に起因する不公平は解消されたが、それでも問題がまったくなったわけではなかった。相変わらず新人コーナーのFocus(43、44、マップの薄い青のエリア)が冴えないのだ。ロンドンと世界には新進気鋭のギャラリーが少なからずあるので、フェアは特別のセクションを設けて、新人ギャラリーの登竜門にしている。したがって、それを埋めるギャラリーの選択に困ることはないはずだが、優秀ギャラリーはすぐに新人ギャラリーに割り当てられたエリア(Focus)を卒業し、一般のギャラリーのセクションへと昇格する。すると、新人のためのコーナーはつねに人材不足に陥り、その展示レベルは不可避的に低くなる。ロンドンに若手の優秀なギャラリーが沢山あることを鑑みると、それによってアートフェアの一部が貧相に見えるというのは皮肉な話である。
その優秀ギャラリーの近年におけるロンドンの代表格といえば、Seventeen(45~48)とJosh Lilley(49~55)だろうか。今フェアでもこの二つのギャラリーは、周りと比べて異彩を放ち緊張感のある雰囲気を醸していた。「小文字のアート」のロンドンの原点にしてそのアジトというところか。とくにLilleyのブースは、作品から発する想像の重力によってスペースが歪み窪んで見えた。お隣が能天気なポストポップのPerrotin(56、57)だったことも、Lilleyの異端ぶりを目立たせたのだろう。
Frieze Londonの充実を具体的に説明すれば、メガや大手のほとんどはすでに大物や有名アーティストを抱えているので、ブースの展示風景は基本的に代わり映えしないのだが、大手の一部と中堅ギャラリーのアーティストが成熟期を迎えて、作品の輝きが増している。
ポップに走るEsther SchipperやプリミティブのOMR、マイノリティを代弁するmor charpentierなど失敗例と思われるもまま見受けられるが、前述のように中堅の頑張りや作品の成熟によってアートフェアのレベルがぐっと上がっていた。
たとえばThomas Dane(21)は、Catherine Opieと他のアーティストとの組み合わせの妙(58、59)で際立ち、ロンドンからニューヨークへの進出で成功しているHales(60~62)は、新しいのか古いのか分からない煙に巻く独自路線で、アートフェアに花を添えている。それとは逆に、次の2つの私のロンドン推奨ギャラリーは、フェアの充実に水を差していたようだ。Almin Rech(63、64)は、何を店頭に並べれば売れるかすべて見積もっていると言いたげなしたり顔の品揃え、Corvi-Mora(65、66)は、素っ気ない展示で今回はまったく売る気がない? それだけ経済的に余裕があるのだろうか?
私にとって今フェアで一番刺激的だったギャラリーは、現在開催中のヴェネツィア・ビエンナーレが火をつけたラテンアメリカ・ブームに乗って、ヴェネツィア・ビエンナーレ参加先住民アーティストのうちの1人、Rosa Elena Curruchich(すでに他界)と若手のアーティスト、Edgar Calelの2人展を開いたグアテマラのProyectos Ultravioleta(67~74)だった。このギャラリーは、フェアが設けたFrieze Stand Prizeを獲得した。
フェア全体のレベル嵩上げのとばっちりを受けたのが、ニューヨークにある韓国系のイケイケギャラリー、去年のFrieze Londonで注目を浴びたTina Kim(75、76)で、心なしか霞んで見えた。出自を同じくする韓国の大手Kukje(77、78)は、グローバルになって躓いた? またHyundai(79、
さらに細かく出展ギャラリーを拾えば、非欧米系のアートに着目してきたJames Cohan(81、82)はヨーロッパ中心主義に先祖返りと思われ、言わずと知れたメガギャラリーZwirner(83、84)とHauser & Wirth(85、86)は横綱相撲で、薄っぺらい威厳と脱力モードを惜しげもなく振りまき、今や富裕層しか住めない物価高のニューヨーク(マンハッタン)の数少ない良心株、Alexander Gray Associates(87、88)が、不景気で売れ筋にまさかの路線転換? 一貫してアフリカ人アーティストをグローバルマーケットに押し出してきた南アフリカのGoodman Gallery(89、90)は、現代アートの勝ち組に加わり雰囲気が明るくなった・・・。
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3.付録:Frieze Masters感想
残念ながら、今年のFrieze Masters(91、92)に展示された作品に観るべきものはなかった。Mastersは基本的にアンティーク(骨董品)の展示であり、現代アートに特化したFrieze Londonのような生きたアートではない。アンティークになると作品の意味は固定されて凍結される。別の解釈の可能性が閉ざされるとマーケットで取引されるモノに還元され、その幸運なモノは歴史のアーカイブに収蔵され、それが再び解凍されて生きた=多様な解釈に委ねられる日を待つことになる。
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去年のFrieze Mastersは、そのような出来事(解凍=再解釈)が起こった稀有のアートフェア(本ブログ、2023年のFrieze Londonを参照されたい。 https://tokyo-live-exhibits.com/blog106/ )だった。Mastersが特集を組み、多くのギャラリーが参加して女性アーティストの作品を展示したのだ。歴史に埋もれてきた女性アーティストを掘り起こし、再び自由で新鮮な解釈の光に彼女たちの作品を浴させる。これが稀なのは、通常はアンティークを飾ったモノとしての商品の交換・流通の場であるアートフェアが、美術館と同じ機能を果たす機会がほとんどないことによる。果たして今年のフェアは通常モードで、2つの特集のコーナーはあったが、去年のように作品が息を吹き返す奇跡は起こらなかった。
(文・写真:市原研太郎)
■今までの市原研太郎執筆のブログ https://tokyo-live-exhibits.com/tag/%e5%b8%82%e5%8e%9f%e7%a0%94%e5%a4%aa%e9%83%8e/
































































































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