【The Evangelist of Contemporary Art】2026年2月ロサンゼルスで開催された3つのアートフェアからアートマーケットの地殻変動を読む その2
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【The Evangelist of Contemporary Art】2026年2月ロサンゼルスで開催された3つのアートフェアからアートマーケットの地殻変動を読む その2

2.Frieze Los Angeles―グローバルの周縁で現代アートの中心の空洞化を目撃する

 Frieze Los Angeles(1)に来ました。
 今年、かなり変わりそうな予感が・・・。エントランスに面したギャラリーの配置(2、3)が以前と同じではない。

 Frieze Los Angelesは、起伏の大きいアートフェアとなった。この場合の起伏とは、時間軸上の量的変化を指す。
今年は、経済的にはアートマーケットの不況と、政治的にはトランプの支配(連続する戦争、奇しくもアートフェアの開催中にアメリカとイスラエルによる対イラン空爆が勃発した)という二重苦のなかでの開催となった。そもそもロサンゼルスのFriezeは2019年に開始され、ロンドンを本家の拠点とするアートフェアのFriezeのなかでも、Frieze Abu Dhabi(2026年創設)、Frieze Seoul(2022年創設)に続いて歴史が浅い。ところが、運悪く2020年新型コロナのパンデミックに襲われ、2021年は中止。翌年再開され、パンデミックの間に消費欲望を押さえつけられていた反動で、2023年会場をサンタモニカ空港に移転したFrieze Los Angelesは俄然活況を呈した。翌年の2024年もフェアの好景気は持続したが、世界的なスタグフレーションの影響を受け、2025年明らかに売上が減少。以上が、時間的起伏の大きいアートフェア、Frieze Los Angelesの来歴である。
 以上をまとめれば、この短い年代記を辿ったFrieze Los Angelesがピークを迎えたのは、パンデミック明けの2023年から2024年まで、その後2025年に急降下して2026年の現在を迎える。ということで、エントランスから正面にある中央の通路沿いのギャラリー・ブースをピックアップして、2024年(4)と2026年(5)で出展ギャラリーの違いと全体の雰囲気を比較してみよう。両年のマップ(6は2024年、7は2026年)を参照されたい。

 なぜ中央の通路沿いのギャラリーを注目するのか? それは、会場のこのエリアがロサンゼルスのFriezeにとってロサンゼルスのみならず世界のアートマーケットの地勢図を象徴するギャラリーの布置になっているからである。そこが脚光を浴びているかのように照明が一段と強く、アートワールドの華やかさを一身にまとって見える。ちなみに世界のメガギャラリーが集まるエリアはマップで奥の右上にある。したがってこのエントランスに面したエリアは、今もっとも注目すべき活動をグローバル、ローカルに展開しているギャラリーのショウケースになっている。
 これを、Frieze Los Angelesのハリウッド・ブールバード(Felixが開かれているルーズヴェルト・ホテルはこの大通り沿いに位置する)と呼んでみたい。したがってエントランスから入って中央の通りが、アートフェアのメインストリートである。実際、その通路の両脇を占めるギャラリー・ブースの展示は充実していた。まさにFrieze Los Angelesを代表する花形ギャラリーが軒を並べるエリアだったのだ。

 2024年、その通路(8)の両側で一際目立つ先頭を切っていたのが、当時ロサンゼルスで飛ぶ鳥を落とす勢いのギャラリーだった、Blum(9~11)とDavid Kordansky(12~14)である。これら2つのギャラリーは、ロサンゼルスでもっとも成功を収めたギャラリーとして我が世の春を謳歌しているといった風情だった。その通路の両側を占めるギャラリーとそのブースをエントランス側から順にアップしよう(15~32)。次に、当時もっとも最先端と思われたギャラリーのブースを紹介する。

Commonwealth & Council(33、34)
 ロサンゼルス市内(コリアンタウン)のギャラリーの展覧会も素晴らしかったが、フェアの展示も印象に残るインスタレーションだった。現在のロサンゼルスでもっとも洗練されたギャラリーに成長している。
Pilar Corrias(35、36)
 ロンドンを拠点にする中堅ギャラリー。アートのパラダイムを変える確信犯的な過剰な演出。ロサンゼルスのギャラリーでは、これに似た絵画(アクションペインティングの延長や地と図の分離による意志の表明)の展覧会が開かれていたが、まったく次元が異なる。
VSF/Various Small Fires(37、38)
 エコロジーを表明することは、現代アートのギャラリーに課せられた責務である。だが、それを貫き通すことはコマーシャルには難しい。アートフェアではなおさらだが、韓国系のアメリカのギャラリーVSFはそれを成し遂げている。現在は、ロサンゼルスから撤退。

 2年後の2026年、Kordansky(39、40)はハリウッド・ブールバードの先頭をニューヨークとロサンゼルスにギャラリーを構える若手注目株ギャラリーのHoffman Donahue(41、42)に譲り、対面のBlumの姿はどこにもなく、その空き地をアウトサイダーアート系のギャラリー(43、44)が占め、続いてロサンゼルスで躍進著しいRoberts Projects(45~47)が先頭の裏庭で顧客を待ち構えていた。
 世界の歴史的大変動の初年に当たる今年(滞在中、アメリカとイスラエルによるイラン侵攻と爆撃が始まり、ロサンゼルス市内ではイラン王政とイスラエルの旗を振る若者が路上に現れた、48)、アメリカが自ら既存の国際秩序を破壊し、ドンロー宣言を唱えながら軍隊による世界の覇権拡大を画策している。正義をかなぐり捨てアメリカのエゴに忠実に、外部(MAGA以外の政治勢力)の他者を無慈悲に排斥し犠牲にして顧みない。アートフェアに話を戻そう。今Friezeの冒頭の掴みはよかった。今年はなにか変化がある。そう感じて、FBに早速投稿した(本レビューの冒頭のパラグラフ)。果たして、その結末はどうだったのか?
それが吉と出るか凶と出るかはともかく、これまでのFriezeとは違う何かが出現する。その瞬間に立ち会いたいという淡い期待は、しかしたちまち裏切られた。一皮剥けば昔のFrieze、いや典型的なアートフェアそのもの。冒険も批判もない。かといってFelixのようにコマーシャリズムを加速主義的に徹底する気概もない。
 今年は参加ギャラリーを減らして会場のスペースに余裕を持たせたと聞いたが、昔のロンドンの若いFriezeのように作品が犇めき互いに刺激し合って熱気が生まれるということもなくなった。そうなると、フェアの余裕のある空間が弛緩して、たちまち観る気が失せる。それを跳ね返す底力は、グローバルなアートマーケットがマンネリに陥っている今のギャラリーにはない。
それでもエントランスの中央の正面からまっすぐ延びるハリウッド・ブールバードに並ぶ、Frieze一押しの優良ギャラリーが、最近のアートフェアに足りないものを埋め合わせてくれるかもしれない。その先頭に、不況時に期待が高まるギャラリー・ブース、配置換えされた1列目(エントランスに立つと最初に目に飛び込む)の先述の2つのギャラリーがブースを構え、来場者は今Friezeの目玉として新たな表現を展開する様子を目撃できるかもしれない。
その通路を辿って、Kordansky(39、40)のはしゃぎっぷりは目を瞑るとして、高揚感がしばらく持続した。
 Roberts Projects(45~47、市内のギャラリーの展示も素晴らしかった)、そしてLisson(49~51)までは、なんとか期待に応えるクオリティを維持していた。しかし、それ以降、紆余曲折はあれど強度ある鑑賞を体験することはなかった。そして見どころなく、このメインストリートの展示(52~56)は終了した。
かといって、Friezeのギャラリー・ブースに1点勝負できるほどの傑作や名作が飾られていたわけではない。それなら去年Baselで開催されたArt Baselのほうが、ずっとましだった。現下の困難な社会、政治情勢に対抗して参加ギャラリー全体が奮起し、各々ベストかつマックスの展示を達成していたからだ。

 今年のFrieze Los Angelesには、やはり何かが欠落している。それが痛いほど分かる。アートフェアのハリウッド・ブールバードが空虚、いや端的に現代アートの中心が空っぽ(昔さんざん言いふらされた「中心の喪失」の?周遅れのマーケットバージョン。つまり資本主義の消えた中心)なのだ。マーケットのなかのアートフェアであるFriezeは、中心を取り戻そうとして戦争に突き進む現政権を表立って反対できない。ならば、Felixのように完全にアートウォッシュして諸悪の根源である資本主義の終焉を促す加速主義に加担したほうがよいのではないか?
そのように今年のハリウッド・ブールバードのコーナーはいたずらに光を浪費して盛り上りに欠け、その両サイドの通路のギャラリー・ブースを見ても事情は変わらなかった。新人・若手ギャラリーに焦点を当てたFOCUS(57~65)のセクションも、とくに引き寄せられる展示作品はなく通り過ぎた。体制を批判したくてもできないアートマーケットのジレンマは、世界中で開催されているという意味でグローバルなアートフェアであるFriezeの常連のビッグやメガのギャラリーが集まる奥のセクション(マップの右上のエリア、66~68)にも伝染していた。というより、アートビジネスが拡大すればするほど体制に組み込まれ、自由に動けない沈滞感が漂う。見かけは派手で華やかなアートマーケットの、権力に対する無力感は深刻だろう。
 最後にアートフェアの全体を見渡して光っていたブースを取り上げよう。今年Frieze Los Angelesに初参加(以前はFelixに出展)した私の注目ギャラリー、ロサンゼルスのNicodim(69~71)、ロンドンのJosh Lilley(72~75)、ニューヨークのLomex(76~79)、そしてFrieze Los Angelesの常連、Anat Ebgi(80~82)である。これらロサンゼルス、ニューヨーク、ロンドンを拠点とする4軒の最先端ギャラリーは、それぞれの世界観に強烈なこだわりを持ち、激動の現代に対応できる表現のレジリエンスとクオリティを生み出している。
さらに、戦争の当事国のイランから唯一参加したテヘランのギャラリー、Dastan(83~85)が、今Friezeのなかでも異質な文化=政治の不屈な世界を体現して記憶に刻まれたことを書き留めておこう。
 最後に、法ではなく暴力に支配される荒廃した世界はアートフェアを享受するどころではない。私も追い立てられる難民のように故郷に帰れなくなるかもしれない。とりあえずアートノマドのメモとして投稿を続けよう。

(文・写真:市原研太郎)

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Kentaro Ichihara
美術評論家
 1980年代より展覧会カタログに執筆、各種メディアに寄稿。著書に、『ゲルハルト・リヒター/光と仮象の絵画』(2002年)、『アフター・ザ・リアリティ―〈9.11〉以降のアート』(2008年)等。現在は、世界のグローバルとローカルの現代アート情報を、SNS(Twitter: https://twitter.com/kentaroichihara、Facebook: https://www.facebook.com/kentaro.ichihara.7)、自身のwebサイトArt-in-Action( http://kentaroichihara.com/)、そしてTokyo Live & Exhibits: https://tokyo-live-exhibits.com/tag/%e5%b8%82%e5%8e%9f%e7%a0%94%e5%a4%aa%e9%83%8e/にて絶賛発信中。

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