【The Evangelist of Contemporary Art】2026年2月ロサンゼルスで開催された3つのアートフェアからアートマーケットの地殻変動を読む その1
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【The Evangelist of Contemporary Art】2026年2月ロサンゼルスで開催された3つのアートフェアからアートマーケットの地殻変動を読む その1

1.Felix Art Fairをたかがホテルフェアと侮るなかれ!(高級・大衆化?するアートフェア)

 ロサンゼルスのハリウッド・ルーズベルトホテル(1)で行われている、最近のホテルフェアのなかではピカイチのFelix Art Fair(以下、Felix)を訪れた。このフェアを、ホテルの一室を借りてギャラリーが作品を展示・販売する通常のフェアと決めつけてはいけない。ほとんどのホテルフェアがインテリア用の小品を飾るので、購買目的でなければそんなレベルの低い作品をあえて見に来る気にはならないだろう。ところが、その類のフェアの代表格であるはずのFelixは、自宅やオフィスに飾られ日常的に頻繁に人目に触れることを逆手に取り、ホテルの客室からマイホームへと地続きで繋がる生活世界の変容を目論む、つまり新たな世界観を提起する野心的なギャラリーの集まるフェアになっていた。とはいえ、その世界観はけっしてアートのカッティングエッジでも、それを強引に押し付けようとすることもない。その訳を、これから説明する。

 今年で8回目のFelixだが、今回から招待制から公募制に変わったのでギャラリーの移動や入れ替えがかなりあると予想された。その変化に興味がそそられると同時に、他のホテルフェアと同じく展示されるアートが大衆迎合に陥る可能性があるのではないか? Felixが目指す、日常に潜り込んでそれを変革するしぶとい反骨精神が、フェアから消えてしまうかもしれない。

 上のような期待と不安がないまぜになるなか、フェアの会場(2)に足を踏み入れた。まず、1Fのプール(3)周りの隠れ家風の客室に陣取るギャラリー(4、5)から鑑賞を開始した。どのような作品が飾られているのか、非常に興味深い。

 まず結論から言うと、1階の出展ギャラリーを通観して、再度見直した感想が「すごい! 参りました」という偽らざる感情だった。さすがロサンゼルスで行われるアートフェアである。どのギャラリーも、とびきりオシャレな作品が並んでいたのだ。文化の洗練とそれに伴う繊細さは、アートが目的とする世界変革の一環である。ただFelixの難を言えば、1Fにあるプールを囲む25の客室=ギャラリー・ブースのみに見応えがあった。ホテルの別セクション、上層階11Fと12Fの客室(6のTOWER GALLERIES)の展示は、少なくとも去年ほどのインパクトはなかった。去年と重複するギャラリーが多かったので、二度目の私のほうの心境の変化かもしれない。11Fと12Fの各ギャラリーの陣容に慣れて展示を特別と思うことはなくなった。これなら普通のホテルフェアのレベルではないか?

 逆から言えば、それほど1Fのギャラリーが素晴らしかったのだ。今年から公募制にしたことで出展ギャラリーの新陳代謝があり、去年1Fに出展していた多くのギャラリーが卒業し、その一部が今年のFriezeに出展している(ロンドンのJosh Lilley、ロサンゼルスのNicodim、ニューヨークのLomex)。このようにギャラリーのかなりの入れ替えがあったにもかかわらず、プール周りの25軒のギャラリー群は少数精鋭のレベルの高さを維持していた。前回から出展ギャラリーが大きく変わっても、新たに挑戦するギャラリーは去年と遜色なく、それぞれ得意分野の特長を生かし、互いに他のギャラリーにはない魅力を発揮し、それを競っている。

 1Fの展示作品に関して「Felixブランド」の誕生と呼んでよいかもしれない。去年までは、すでにそれぞれの拠点の都市で人気のあるギャラリーの出番だった。したがって、現代アートのエキスパートの気鋭ギャラリーがカッティングエッジの作品を陳列していたのだが、今年はその潮流を引き継ぎつつニューカマーの快い清新なブリーズを、プールサイドのパームツリーの間に吹かせている。この1Fのギャラリーのなかから私がとくにオシャレと思うギャラリー(7~36)を部屋番号順に紹介しよう。

 とはいえ、マーケットのアートフェアなので売ることを第一の目的(流通しなければ変革も覚束ない)としていることに変わりはない。そうなれば、売るための手っ取り早い処方箋は、作品にフェティシズムをまとわせることである。そうすると商品価値は上がるが、美的に悪趣味との評判が立ち、さらにフェティッシュは物を常套化して表現が重々しくなり、最終的に作品は見放される。そういった事態を回避するために、表現を軽くすること。しかし、フェティッシュを乗り越える方策である軽さは行き過ぎると軽薄になり、Felixがターゲットとしているだろう趣味の良い大衆にすら嫌われる。誰だって自分が軽薄と思われたくない。それで軽薄な作品は、現代アートのディレッタントから敬遠され捨て去られる。

 オシャレの必須の要件であるフェティッシュと軽薄のダブルバインドで悩めるアートを救うのは、この2つの要素を隠蔽する手段を開発すること。マーケットで円滑に流通するには、本質的にフェティッシュで軽薄だが、そのように見えない工作を施す。これが、Felixで成功する1Fのギャラリーが求められる見識であり、秘密の隠蔽工作である。それによってフェティッシュや軽薄が解消されるわけではない。しかし、それをさらけ出すとギャラリーは瞬く間に失墜する。あることを認めながら、それを否定するジェスチャーを見せなければならない。

 オシャレとは、このフェティッシュや軽薄さを隠蔽する術を言うのだ。隠す術を心得ていることは、すべて同じことだがセンス、スキル、才能と呼ばれる。1Fのギャラリーを巡りながら、歴史のサイクルが一回りして物事が再び動き出したかのような変化を感じた。一昔前なら、アートにとって無価値であると顧みられなかったもの(フェティッシュと軽薄)が、新たな価値を体現する。ルーズベルトホテルに出入りする高級大衆(フェアは終日行列ができていた)は、それを受容し支持する層に成長するだろうか? そうなれば、私はロサンゼルスが現代アートのマーケットのオルター・カッティングエッジに躍り出る瞬間に立ちあっているのかもしれない。しかもこの活動は、ロサンゼルス以外の都市では実現不可能だろう。

 以上が、Felixの1Fのギャラリーはメインストリームのカッティングエッジではないが、新しい世界観を提示している理由である。換言すれば、最先端ではないステレオタイプ(フェティッシュ)に最先端のシュガー(軽薄を免れた軽やかさ)のコーティングを施している。

 だが、プール周りで日光浴をする人々(37)を眺めていると、現下の不況で没落するはずの裕福な白人の覇権が復活しているのではとの疑念が湧いた。それは単なる幻なのか? そうでなければ、Felixが融合を画策する高級と大衆(high & masses)は呆気なく離反するのか?

会場風景
37

(文・写真:市原研太郎)

■今までの市原研太郎執筆のブログ https://tokyo-live-exhibits.com/tag/%e5%b8%82%e5%8e%9f%e7%a0%94%e5%a4%aa%e9%83%8e/

Kentaro Ichihara
美術評論家
 1980年代より展覧会カタログに執筆、各種メディアに寄稿。著書に、『ゲルハルト・リヒター/光と仮象の絵画』(2002年)、『アフター・ザ・リアリティ―〈9.11〉以降のアート』(2008年)等。現在は、世界のグローバルとローカルの現代アート情報を、SNS(Twitter: https://twitter.com/kentaroichihara、Facebook: https://www.facebook.com/kentaro.ichihara.7)、自身のwebサイトArt-in-Action( http://kentaroichihara.com/)、そしてTokyo Live & Exhibits: https://tokyo-live-exhibits.com/tag/%e5%b8%82%e5%8e%9f%e7%a0%94%e5%a4%aa%e9%83%8e/にて絶賛発信中。

本記事は各施設配布のプレスリリースおよび提供情報をもとに作成しています。

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